日曜日, 8月 21, 2016

植草甚一著「植草甚一の読書誌」、ジャズもそうだが、アメリカ文学にも造詣の深い元気でお洒落なジーさんという印象だ。私の知らない本を一杯読み当時はまだ不便だったろうニューヨークに本を買いに何度も行くといった著者の生き様は真似ようにもできない。


土曜日, 8月 20, 2016

村上春樹著「神の子どもたちはみな踊る」、短編集だ。読後、寂寥と孤独感とともに人生ってそれほど悪くはないと思う。決められたレールの上を進む電車に似て運命を感じる。


金曜日, 8月 19, 2016

池井戸潤著「七つの会議」、大手メーカ子会社東京建電に勤務するそれぞれの職域でのサラリーマンの悲哀を描きサラリーマンとして人間としての生き方を模索する。そんな会社で不正が発覚した。部品の強度不足にともなう会社の存亡を賭けた隠蔽工作、只中で右往左往する役職連結局表面に隠蔽が発覚した。困難な状況下で保身一辺倒に終始する役員たちモノづくりの原点とはまさに物を使用した人たち消費者を幸せにする。ということだった。


火曜日, 8月 16, 2016

海堂尊著「ナニワ・モンスター」、チームバチスタを読んで以来だ。今回のテーマは第1部から3部と変遷してゆく、そしてテーマは壮大でその中心は国民・地域住民の幸福の為に既得権益に守られた官僚及び主義に対抗する官僚や知事首長たちだ。医療を地域行政の根幹にという筆者の考えこと今後日本の高齢社会で必要となるのではないか?。


木曜日, 8月 11, 2016

東野圭吾著「カッコウの卵は誰のもの」、自社の宣伝の為にスポーツ科学研究所を創立しDNAの分析研究の結果、スポーツに最適と思われるパターンを発見した新生開発は、緋田風美という女子をアルペンスキーにつかせ登用する。彼女を中心に係る人間たちの確執と欺瞞が渦巻く中で殺人事件が起こる。そして犯人は自殺する。人間死を意識した時に全てを許すことができると。


火曜日, 8月 09, 2016

村上春樹著「1973年のピンボール」、1980年刊という古いものだ。村上ワールドの空間だ。青春、孤独、寂寥、不条理、音楽、人生すべてが、著者の空間の中で彷徨いそして色彩を放つ異空間だ。過去は過去、今は今そして未来はあるかもしれない。

伊坂幸太郎著「アヒルと鴨のコインロッカー」、青春ミステリーといおうか?過去と現在を織り交ぜ物語は進む。ブータン人と椎名、店長麗子そして動物虐待の犯人を許せないブータン人川崎この奇妙な取り合わせが面白い。


金曜日, 8月 05, 2016

貫井徳郎著「慟哭」、連続幼女誘拐殺人事件が発生する。犯人の宗教・教団をとおして生への回帰を希求し黒魔術を施すべく次々と誘拐殺人を重ねる。警視庁キャリアの捜査一課長佐伯が捜査に当たるが全く進捗は無い。そんなある日自分の娘が誘拐され殺された、佐伯の人生が変わる。平凡な家庭に潜む亀裂と煩わしさ、警察内部での対立、新興宗教団体と当世の要素を上手く絡めて最後はどんでん返し的な結末を迎える。


水曜日, 8月 03, 2016

浅田次郎著「壬生義士伝」下巻、新選組の生き残りの語りにより、南部藩の足軽吉村貫一郎とその家族さらに関係する人々の描写が何とも素晴らしく、勘一郎の生き様を生き生きと描き上げている。義に生きた維新前後の新選組を通して吉村貫一郎の人生を語る名作だ。


火曜日, 8月 02, 2016

星野道夫著「旅をする木」、アラスカに渡り20年近くその地に留まりアラスカの自然を撮影する著者の随筆だ。巨大な自然を前にして人間は無力だ。この書を読むと自分の人生を振替り今後のことを考えさせられる。読後の清涼感は格別だ。


月曜日, 8月 01, 2016

サマーセット・モーム著「月と六ペンス」、イギリスはロンドンからマルセイユさらに南太平洋の楽園タヒチへとそして不治の病に感染し最後を遂げる天才画家ストッリクランドの生涯を若き作家が綴る物語。画家ゴーギャンの生涯を模したといわれるこの作品は、人間の人生について様々な示唆を与えてくれる。株仲買人から40代にして突然全てを捨て去り本能の赴くままに絵画に没頭するといった異常とも思える情熱がストリックランドのどこから迸り出てというところまでは深く追及されていない。この画家との親交があった人々を訪ね詳細を明らかにしてゆくが、関心の絵を描くことに賭ける情熱の源泉については触れられていない。